THIS IS ITを観てきました。

THIS IS ITを観てきた。マイケル・ジャクソンは、観る人と出演する人の両方から本当に愛されていた人だったのだと思う。

THIS IS ITを観ると、マイケルのライブに対する尋常じゃないこだわりが垣間見える。マイケルは音の高低、曲のテンポ、キューの出し方、余韻の”間”の作り方、照 明の当て方、演出の全てを自分で把握しようとする。音楽のことを誰よりも知っていて、演出の一切を妥協しない貪欲さと謙虚さが感じられた。マイケルのダンスの才能は言うまでもなくて、もはや「神に愛された」としか思えない。50歳となったマイケルには、確かに全盛期のキレはなかった。それでも、若くて才能溢れるバックダンサーの中に居ても、マイケルは色褪せていない。それは動作と動作の間の作り方、細かい手や顔の動きといった小さな要素、でもマイケルにしか出来ない要素がいくつもあるからだ。

マイケルは劇中で何度も「観客が求めているのは~」という言葉を繰り返す。観客が何を求めていて、どうやったら観客の要求を満たすことができるの か、それを考えることを常に忘れない。決して自分の才能に溺れたり、自己満足に陥ることなく、観ている人を満足させようとする優しさがあった。この優しさ こそが、マイケルが多くの人から愛される理由だと思う。

マイケルと一緒に踊っているバックダンサー達は、何千人もの候補者がいたオーディションを勝ち抜いてきた、超一流のダンサーだ。同じようにドラ マーもギターも、ディレクターも、衣装のデザイナーも超一流のスタッフばかり。彼ら一人一人だって、多くの人々から尊敬を集めるような人々なはず。そんな彼らでさえ、みな嬉しそうに「マイケルと一緒に仕事が出来て幸せだ」と言う。マイケルの一ファンだってことが伝わってくる。彼らが、その道 に進んだ動機は様々だと思うけど、世界最高峰のライブに関わることが出来るような実力を得るまでには、多くの苦労や困難があったのは間違いない。そして、 マイケルが何年間もそうした人々の目標であり続けたことも。

誰かに「あの人のようになりたい」と思われる人物は、それだけで、その誰かに困難を乗り越える勇気を与えている。観る人を満足させて、出演する人 に勇気を与えるマイケルが、人々から愛されるのは当たり前だよね。そのことは、劇中のとあるバックダンサーの言葉に現れている。

人生はつらいだろ。それでも前向きになれる何かを見つけたかったんだ。それが、これだ(THIS IS IT)

このダンサーにとってマイケルは、亡くなる前もこれからも、心の支えであるような気がする。

前向きな気持ちでいるには、強い意志が必要だけど、自分独りで意志を保ち続けようとすると、どこかで限界がくる。何かにすがったり、誰かに頼った りしながら、それでも皆生きている。それを弱さとは言わないと思う。観客にもスタッフにも愛されたマイケルのライブが見られないまま終わってしまったことが本当に悔やまれる。きっと素晴らしいライブになっていたはずなのに。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です